往復書簡:親愛なる信子さんへ㉗

わたしたちの往復書簡
©エクリール

4月4日、ベルサイユ

親愛なる信子さんへ、

小鳥さえずる中、お便りしています。うちの庭の、桜の老木は、先週まではピンク色でしたが、今は薄紅い萼(がく)が残るばかりです。

そちらは、桜が満開、かな? 信子さんのお宅の辺りも、桜が似合いそうな家並ですよね。日本の家々、細い道、桜の花びら。あゝ、こうして文字にするだけでも、郷愁に胸が締めつけられます。

信子さんのお手紙に、フランスの義父様が来日されたとありました。はるばる日本までご訪問できるとは、なんとご健脚! ……でも切なくなるシーンも幾つかあったようですね。

かつては、好奇心があった義父様より質問攻めにあって、でも「日本に関する質問、全てに応えられなかった」という信子さん。よくわかります。日本の文化は奥深くて、寺社のこと、茶道・華道・香道に書道……。さわりだけは分かっているつもりだけど、実は分かっていないわたしです。

和食のことですら、そうです。2月の渋谷天狼院書店でのコラボ・イベントで、信子さんが、フランスから本帰国する理由の一つとして、「ちゃんとした和食を食べたい、ナンチャッテ和食ではなくて」と仰っていたことが、ずっと頭に残っています。わたしはそんなことを思ったことがなかったのですよ。これはわたしの文化度の浅さを示しているんだろうな、とあの時気づかされました。

海外で生まれ育ち、人生の半分以上を海外で暮らしているうちに、和洋折衷な人間になっている、中途半端な人間になっている。適当な和食で満足していることが、色んなことに通じているように感じます。もちろん海外にいるメリットというのもあるのですが。

信子さんのお子様たちは、日本でお育ちになって、今はフランスに住まわれていて、どんなことを感じていらっしゃるのでしょう。仲の良いご家族ですから、色々聴いていらっしゃるのではないかしら。二つの文化を享受するというのは、ぜい沢なことだけど、大変でもありそう。

そもそも文化とか、そして教養とか、そういう言葉は、「重い」と逃げ腰になるわたしです。大切だと分かっていても、いまさら学ぶ気にはなれない。

そんな怠け者のわたしに、神様はおやさしくて、次々に出会いをもたらして下れました。まずは知性の塊のような夫との出会い。彼のお陰でわたしという人間は少しだけ上等になっている気がします。彼と縁からフランスに住むことになって、学ばざるを得なかったことも多く。それらをエッセイとして出版し、さらにサロンを開いてわたしの見聞を共有することにしたら、そこからのご縁で知性・知識豊かな方々(含む信子さんですよ!)と出会って、サロンやイベントでご一緒することになって。

その潮流に乗り、今月からはオンラインサロン、エオスÉcRire Online Salonの頭文字をとってÉOS エオス)をスタートすることになったわけです。信子さんもご視聴頂きありがとうございます。第一回目を楽しんでいただけたようでうれしいです。

エオスでは、怠け者のわたしをベースに考えているので、「文化・教養」という重い言葉は脇に置き、「知ることは楽しい」、というシンプルなアプローチで各講師にはレクチャーを構成してもらっています。1つ知ることで、10のことが見えてくる、というのは本当にそう。例えば名画一枚にしても、歴史の欠片にしても、その背景を知ることで、今の社会が見えてくることもあって。
うわ、面白い! と思う時の、脳の細胞がプチっと覚醒する感覚は心地よいものです。不思議なもので、フランスのことを知るに連れて、日本のことももっと知りたい、と思うようになっています。好奇心の水位がじわじわと高くなっているようです。

信子さんのお手紙に、義父様がご高齢から、好奇心を失ってしまったようだ、とありました。歳と共に、好奇心は失われていく、というのは残酷な現実なのでしょう。多くの方から聞く言葉です。

サロンやエオスのお陰で、まだ元気な今、こうして好奇心の種を植える機会を得たことはありがたい限り。多くの方にご参加いただいて、一緒に知る楽しさを味わってほしいと思っています。(ご興味ある方は、ecrire.salon@gmail.com まで)

信子さんも、天狼院のイベントのご縁や、ご自身で培われてきたネットワークから活躍の場が増えつつあるようにお見受けします。フランス語に関するインスタライブ、楽しく拝聴しました。四半世紀経っても、フランス語に自信がないわたしとしては、大変勉強になりました。

やりたいこととやらなくてはならないことのバランスが難しい、ということが以前の信子さんからのお手紙ありました。この前の、わたしからの手紙ではそれに対してうまく答えられませんでしたが、今、エオスの立ち上げに時間のほとんどを費やさざるを得なくなっている身となると、やるしかないのよ、という言葉が漏れます。散々夢を追ってきたわたしですが、夢も大切だけど、出来ることからやるしかない、そういうフェーズなのだと思うのです。そこから運命が開かれていくように思われます。

長くなってしまいました。時間的にも、まもなく日本は土曜日になってしまう。毎週金曜日に投函する往復書簡ですが、遅配をお許しください。
いつも読んでくださってありがとう。また書きますね!

かしこ

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