わたしのふらんす④ 学歴はやっぱり大切

わたしのふらんす

わたしが、20年余りのフランス暮らしの中で見てきたこと、聞いてきたことを気ままに綴るシリーズ、第4回目は、フランスの学歴社会について。自由で、芸術的で、伸びやかなフランスですが、実はシビアな学歴社会でもある、というお話です。

X、鉱山労働者、技術者、中央人……

「貴女のご主人は鉱員(mineur)だって耳にしたのですが」
「いえいえ、うちのは技術者(technicien)ですのよ」
「まあ、そうでらっしゃるのね、わたし、鉱員なもので、もしかしたらご主人と面識あったかしら、と思いまして」
「あら、鉱員でらっしゃるの。ご主人とは鉱山で知り合ったの?」
「いえいえ、うちは中央の人(centralien)でしてね」

……ベルサイユに到着したころに参加した、コーヒーモーニングと呼ばれるママ友の集いにて耳にした会話です。「鉱員? あなた銀行で働いているって言ってなかったっけ? それに中央人って何のこと?」 と一瞬、ハテナマークだらけになりましたっけ。
でも分かっているふりしながら会話を聞いていると、どうやら出身校のことらしく。鉱員も、技術者も、中央人も、全てグランゼコール出身者のニックネームのようです。

鉱員mineurは École nationale supérieure des mines de Paris (エコールドミンパリ国立高等鉱業学校)、
技術者technicienはÉcole polytechnique(ポリテクニック、理工科学校)
中央人centralienは l’École centrale Paris (サントラル、パリ中央工芸学校)

……といった具合です。グランゼコール名を知っている人にとっては、それぞれ太字にした部分を名詞化しただけですからいいのでしょうが、そうでない人からすると???ですよね。でも、そういう内輪にしかわからない話をするのが好きなところも、フランス人気質だったりします。

グランゼコールその① グランゼコールの特徴としては
・多くが3年制、・卒業すると修士号を得られるので日本の大学院と類似する、・エリート養成機関と考えられている、・現在では200校以上がグランゼコールとして登録されているが難関エリート校とされるのは10校+、・フランス大企業上層部や政界人は大方がグランゼコール出身者、といったところでしょうか。
フランスの教育制度については、以前に語学学校のサイト、パリ塾に寄稿したことがあります。一部訂正すべきところもあるのですが大筋は掴んでいただけるかな。

グランゼコールのあだ名

さらにややこしくするようですが、各校、あだ名もあります。

フランスの最高学府といえばÉcole polytechnique 。こちらは、通称X(イックス、もしくは 定冠詞を付けたL‘Xリックス)で通っています。
そうなのですよ、フランスで「Xでは…」という会話になったらコンテキストをよーく確認の上、話に加わること。旧ツィッターのことでも、ヨシキのX Japanのことでもない可能性高し!です。

同じくらいわかりにくい呼称にウルム Ulmがあります。これは高等師範学校École Normale Supérieure (ENS)のパリ校のことです。ENSは、上記のXと並ぶフランスの最難関校なのに「ノルマル」という言葉が入っているというパラドックス。かのマクロン大統領も2度受験したけれど願い叶わずに終わりました。Xがビジネス界で強いのに対し、ENSはリサーチやアカデミックといった「知」の世界で強いとされます。

また、ENSのように、グランゼコールの名称は頭文字を繋げた名称になっていること多く、これもややこしさに一枚買っています。
経営大学院のトップ校はHEC(アッシュッセー)やESSEC(エセック)ですし、航空宇宙学のトップ校に至っては、ISAE SUPAEROと長すぎる略名となっています。昨今は学校の合併が多くて略名が長くなる傾向にあり、フランス人も「もう何が何だかわからない」と嘆いています。

グランゼコールについて② 
始まりは太陽王ルイ14世に遡ります。国の統治のため、多くの専門的技術者が必要で、テクノクラート(技術知識を持つ高級官僚)を養成する機関として設立されました。エコールドミン(鉱山)やポンゼショセ(橋)も、元は、当時のエネルギー源だった鉱山技術や橋・道路といったインフラストラクチャ―構築を学ぶ機関だったのです。
今でも各校とも専門性を重視するカリキュラムが組まれていますが、たとえばミンやポンも鉱山や橋づくりに特化するというよりは、理系科目に特化した機関となっています。また、昨今は理工系以外の学科のグランゼコールも多数あります。

グランゼコールがフランスを仕切る

冒頭のママ友らの会話からも、お付き合いする相手の学歴を確認したい、夫の、自分の学歴を自慢したいという欲求が見えるように、フランスでは学歴が大切。
もちろん、そうでない職種・社会層もありますよ。ただ社会の上に行けば行くほど学歴重視であることは事実。もちろん、学閥もあるある、です。

例えば、行政界

政治家の登竜門といえば、シアンスポ(パリ政経学院)を経て、国立行政学院ENAエナ、というルート。戦後の大統領や首相などほとんどがこの学歴でして、現マクロン大統領もこのルートです。
ちなみにENA出身者は、エナルクと呼ばれています。このエナルクの影響力が強すぎるため、近年マクロン氏はENAを廃校し別の機関に作り替えていますが、そのことで今後何らかの違いが生まれてくるのかは未知数。

(ちなみに、シアンスポは、正式名はInstitut d’études politiques de Paris、略称はIEP de Parisですが、通称はScience Po。わけわからないでしょう?
フランスの有名校が海外ではあまり知られていない理由の一つは、この複雑な名称にあるとわたしは思っています)

そして経済界も

フランスの一部上場企業からなる株式インデックス、CAC40(キャックキャロント)40社のCEOの学歴をチェックしましょう。
外国人かつ外国で教育を受けたCEO3名を除外した37名を見てみると……なんと35名がグランゼコール出身者。中でもX(ポリテクニック)出身者は10名も!(参照:Planet Grands Ecoles 2023年1月)

聞くところによると、出身校によって新卒時の初任給が異なったり、いきなり役職付きポストを与える企業もあるとか。優秀な人材を確保するためには、平等精神は脇において、こういうことも堂々とする。フランスの現実的で合理的な一面を認識するときです。

フランスの大企業で管理職に上がるには……

知人は、一般大学をギリギリの成績で卒業したあと、親のコネを使って某ラグジュアリーコングロマリットに入社しました。まだ若いのに人気のブランドのデザイナーの近くにて働き、海外出張もあったりと、華々しく活躍していたのです。それなのに、数年後には業界二番手のライバル社に転職します。そしてそのライバル社も二、三年で退職してしまった……。
わたしから見ると勿体ないように思えたのですが、いわく、「グランゼコール出の若い人がどんどん自分を飛び越えて出世していく。30歳にして打ちどめという状況に耐えられない」ということでした。彼の能力の問題もあったのか、そうでないのか、そこはわたしにはわからないのですが、彼もグランゼコールに行っていたら、組織の流れに乗って管理職くらいにはなれただろうな、という感触はあります。

一方で、「グランゼコール出の使えない人達」のこともよく耳にします。高給払って、管理職級の職を与えているものの、仕事の能力はイマイチで会社も扱いに困っている、という。仕事って、学ぶ気があれば学べるものだと思うのですが、「グランゼコール出の使えない人達」は得てして学ぼうという気概がないらしく、一方でプライドだけは高いから、地味な仕事を与えるとギャンギャン騒ぐんですって。でもフランスの制度上、企業は従業員を解雇するのが難しいため、「どうしたらよいのか途方に暮れている」という友が何人かいます。

2つの例を出しましたが、まとめると、フランスの大企業で管理職に行くにはグランゼコール出というスタンプが必要だけど、管理職からさらに上に行くのには、それだけでは足りない、ということかと。(l’exception例外はもちろんあるけれどね!)

学歴社会となった経緯を簡単に

長くなってしまいますが、フランスが学歴社会となった経緯が興味深いのでざっくりと。
発端は、フランスの経済政策にあるようです。第二次世界大戦でフランスはインフラストラクチャーおよび基幹産業が大打撃を受けました。至急復興が求められているけれど、戦前戦中にフランスの経済を支えてきたのは中小企業。彼らには大きすぎる規模の復興が求められている。そこで国が主導して基幹産業を盛り立てることを決めます。
具体的には自動車産業、電力産業、石油産業、金融業、鉄道産業、航空産業などを国有化し、運営します。そして、各社トップには、グランゼコールで専門知識を培った人材を配置しました。ENA卒は高レベルの行政官のポストに、エコールドミンやポリテクニック卒は各社の指導層ポストに就き手腕を振るったのです。
この「行政・経済界トップにはグランゼコール出身者を就ける」という戦略は成功します(少なくともそう見える)。1945年から75年まで、フランスは高度成長期「Trente Glorieuses 栄光の30年」を迎えたのですから。この成功体験から学歴重視というカルチャーが定着したのではないか、とわたしは推しています。

最後にディスクレーマー(免責)を

フランス在住者によるツィッターやブログなどの政治・社会に関する意見に、「えーっ、そんなことないよ」「それってかなり偏った意見じゃない?」とおののくことがあります。
同じように、わたしが書いていること「えーっ?」と思われる方がいらっしゃることでしょう。「わたしのふらんす」では、わたしの見た・聞いたフランスを書いていますから。

フランスは、貴族、大富豪、ミドルクラス、移民、外国人、芸術家、コンサバ派、リベラル派、色んな人がうごめきながら社会を成しています。それを全体から俯瞰することは一(いち)外国人のわたしには難しく。こちらに書いていることは、「そういう風に見ている人もいるんだ」程度に受け止めてくだされば幸甚です。

今回の〆としては、グランゼコールに行ってもつらいよ、ということでこんな統計を。
「フランスの所得税収入の75%は人口の10%が担っている」
……そうですよ。(参照ソース
エリートは長時間勤務に耐えている、という記事も見かけましたし、その上税金もしっかり取られている。人生、甘くはないですね。

さてさていい加減ここでオシマイにしましょう。
長文をお読みいただき、メルシーボク―!
次回は6月5日に投稿します!

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