往復書簡③ 親愛なる信子さんへ

わたしたちの往復書簡
©エクリールMiki

 9月20日、ベルサイユ

 2週間ぶりのお手紙を、黄金色に色づき始めた街路樹を眺めつつ認(したた)めております。東京はいかがですか? 残暑もやわらぎ始めているとよいのですが。
 
 信子さんからのお手紙に、「親愛なる」という言葉が「良い言葉ですね」とありましたが、ほんとそう思います。親しみがあるとともにほどよい距離感があって、敬意があって、やさしさがあって。
 その後、ジムには申し込まれましたか? わたしのプール通いは細々とですが続いていますよ。パリに戻られたお子様たちは、順調に新年度をスタートしてらっしゃいますか。そうでありますように。

 さて、信子さんからのお手紙にて「働くこということ」についてご質問を頂き、どう答えたらいいのか、と考えてきました。わたしの中では大きなテーマとしてずっと考えてきたことなので丁寧にお答えしたく、ゆえに、何回かに分けてお返事させてください。

 まず過去を遡ると、わたしは長男を産む40歳近くまで仕事をしてきました。バイト時代も含めると15歳のときから稼いできたのです。「自分はずっと仕事をする人間だろうから」と大枚叩いてMBAも取得したほど働く気満々でした。

 それが、出産があり、相方の転勤があり、そして、言語力が足りないフランスでの生活があり……いや、環境だけが理由ではないですね。子ども達のケアは自分の手でしたかったこと、相方が家事能力が完全に(←強調)欠けること、家事・育児の傍らでものを書くという楽しみに出会ったこと……そんな色んな理由から、「家にいる」という選択をし、気づくと20年近くが経っていて、育児が終わろうとしている。これがわたしの今です。

 振り返れば、この20年、ほんと楽しかった! 中でも子育てに関しては、自分の両親がしてくれたこと、してくれなかったけど して欲しかったこと、自分でこうしたいと思ったこと、それらを子ども達の性質を見ながら実現できたことには感謝の思いで一杯です。――あの、子育てって、自分の子ども時代をやり直しているような、そんな一面がありませんか? わたしだけかな。信子さんはそんなことないかな。
 
 わたしにとって、子育ては、育児であるとともに、自分が育つ過程で満たされた部分、そして満たされなかった部分を確認し、補完しているような、一種の自己セラピーでもあったように感じています。
 「ああそうか。子育て終了とともに、自己セラピーが終わる時期に来ているってことか」と今、書きながらそう感じました。だから少し落ち着かないのかも。 ――「書く」って面白いですね。書くことでしか聞こえてこない自分の声が聴こえてくるというか。

 とにかく、そんな20年近くを過ごしたわけですが、失ったものも大きく。「何かを得れば何かを失う、何かを失えば何かを得る」とは美輪明宏さんの著書の中にあった言葉ですが、これ、人生の真理ですね。
 
 何を「失った」のか。答えは明確。確固たるキャリアを築くチャンスと経済的な損失です。これ、痛いですよ。
 信子さんもよくご存じのように、フランスでは共働きがスタンダードです。そんな中、ディナーのときなど初対面のマダムに、「ところで貴女は何をされているの?」と聞かれると「モノを書いたり、サロンとか、そんなことやっておりまして……」と言葉を濁らせてしまいます。引け目があるのでしょう。

 信子さんは、今まで積み上げて来られた活動が着々と実を結んでいる昨今ではありませんか? この先はどのようにお仕事を進められる予定なのでしょう。マルチにお仕事を続けられる計画ですか? それとも??
 信子さんのお仕事について、ぜひぜひお聞きしたいです。お好きだったことをお仕事にされている信子さんのお話は、読者の方も興味津々でしょうし、エンパワメントというのでしょうか、ポジティブな力を頂けそう。

 さて長くなりましたので、この辺で筆を置きます。
 フランスでは、今週末は「ヨーロッパ文化遺産の日」。普段入れない歴史的な施設や美術館などが無料で見学できるので楽しみにしています。
 信子さんもこれから訪れる、あの香しい日本の秋を堪能されますように。

かしこ
美紀

追伸:冒頭の写真は、窓からの景色です。先ほど撮りました。

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