雨水から啓蟄へと二十四節気が移り変わっていますが、昔の言葉の美しさとその季節を表す的確な表現がすごいなあと思うこの頃です。そういう風に思えるようになったのは年齢でしょうか。雪の多い地域ではこの冬はたくさんの雪が降っていますが、少しずつ暖かくなって雪が雨に変わり、虫たちも這い出してくる感じ、春へと一歩一歩進んでいます。
美紀さんが載せていらした絵、読書に集中する楽しみと読む人の知性的な美しさが伝わってきて私もとても気になりました。Eugene Spiro (ユージン・スピーロ)という画家の絵なのですね。読書が好きな美紀さんを思わせます。
以前、フランスの教育学の話を聞いている時に「最近の子供は読書ができない」という話が出てきました。読書どころかスマートフォンの同じ画面を見続けられるのも数十秒と聞きました。数十秒経つとスクロールせずにはいられないそうです。え〜っ!と思いましたが、よく考えるとそれは子供だけではなく自分も同じかも、と反省。地下鉄に乗っていると90%くらいの人が携帯を覗き込んでいますし、みんな数十秒ごとにスクロールしています。たまに携帯や紙の本で読書をしている人を見るとホッとします。
エッセイを書くことに向けてグッと私の背中を押してくれてありがとうございます。実は今、将来のことを考えて勉強したり新しい仕事に挑戦する準備をしたりという状況なのですが、そうやって頭が忙しくなると、本来自分がしたいことを後回しにしがちになります。「やりたいこと」と「やらなければならないこと」のバランスがどうなっているか時々チェックしなければ。
東北地方を少し訪れることがありました。繁華街などの景観やチェーン店などは日本中どこに行ってもそんなに変わりがないと思うのですが、人と話すと「ここは東京じゃないんだな」と感じます。方言がある、ということではなくて話し方や態度、佇まいみたいなものでしょうか。
例えば、お店の人と話すとき東京では敬語で話すけれど、一見のお店の人と必要以上に親しげな会話をすることはありません。さっぱりした歯切れの良いコミュニケーションになります。でも東北の人はなんとなく人懐っこくて優しく、表面上だけでない自分のちょっとした思いや考えが垣間見れる話し方を見ず知らずの人にもしてくれると感じました。コンビニの店員さんと会計しながら世間話をしたり。
そこから、フランスに行ったばかりの時に知らない人が友達のように話しかけてくるのに驚いたことを思い出しました。こういう何気ない生活の一場面がその日を気分よく過ごさせてくれたり、旅人にとってはその土地の印象を良くしたりするのだなあ。また遠くに行かなくても、異文化を発見することができるのですよね。それをキャッチするアンテナが張られているかどうかにかかっているのかな。
今は何かを学ぼうと思えばインターネットからいくらでも情報が引き出せます。フランスの歴史、フランスの文化に興味があればどこから見れば良いかわからないくらいの情報の洪水。この中から自分に必要なことをすくいあげるのは至難のわざです。これからはどう検索するかではなくて誰をキュレーターとして採用するかが大切なのかも。お気に入りの花屋さん、美容師さん、そしてキュレーター、みたいに。
と、とめどなく思いを巡らせて、誰かに役に立つフランス文化のキュレーターに私もなりたいし、美紀さん主宰のオンラインサロンもそんな存在なのかなという考えに辿り着きました。この春いろんな新しいことが始まりそうですね。
良い春を!
ペレ信子