往復書簡:親愛なる美紀さんへ㉖

わたしたちの往復書簡
©ペレ信子

春真っ盛りを迎えたベルサイユの庭で次々に咲く花々を拝見しました。可憐な姿ですね。東京も桜が開花しました。木によってはすでに5分咲きくらいになっているものも見られますよ。

実は東北旅行のすぐ後に、フランスから夫の父がやってきました。昨年義母が亡くなってから、初めての遠出です。前回彼が来日したのは6年前でした。その時は義母の治療の合間で、彼女の具合が良い時をねらって春に二人でやってきました。当時長男留学中、長女受験生、次男中学生。私自身は義父母の旅行に付き添わなきゃと思いつつも、子供のことが気になって仕方がない時期でした。

日本大好きの義父母二人は行きたいところ、食べたいもの、買いたいものがたくさんあり、目まぐるしく動き回り、おしゃべりし、活動していました。日本はフランスに比べるとみんながルールを守っていて公共の場でも静かで、きちんとしなければという認識が二人にあるようで、「こういう場でこうしていいか?」「こんな時はどうすればいいか?」などたくさん質問を受けました。

二人で出掛けて帰ってくると、よくわからなかったこと、不思議だったことなどをまるで答え合わせするように聞かれたものです。疑問への答えがすぐ出る時と、私の常識では考えられないような質問もあり、それは本当かなと思うこともしばしば。

例えば有名な神社でお賽銭箱の横を通り抜けて奥に入って行っている人がいたが、それは特別料金でも払っているのか?なんて。もしかしてそれは、お宮参りなどで祈祷をしてもらうため神社拝殿に入っている人のことなのかなぁと想像したり。まあ、いろいろと日本人としては普通すぎて気にしないことまで興味を持ってくれたようでたくさん聞かれました。

そんな日々が待っているかと思った今回。蓋を開けてみれば義父はとても静かで、特に買わなければならないお土産も、行かなければならない場所も、見たいところもなく、ただ私たちの後ろを静かについてきてばかりでした。楽しめているかな?興味はあるのだろうか?と、こちらが気になって仕方がなかったです。

6年の歳月は、体力だけでなく、ものごとへの興味や好奇心を奪って行ったように感じました。昔から、お義母さんが中心になって観光していたのは事実なのですが、一人になったお義父さんが所在なさげで、彼女の不在をさらに深く感じてしまったように思う瞬間もありました。また配偶者を失った悲しみのせいだけではなくて、老いること自体によって未知のものに興味を失う姿を見てしまった気もしました。

日本語どころか英語も話せない義父が一人で不安そうに振り返りながら、たくさんの観光客の流れの中に混じって行く姿を見送りました。パリでは子供達がパピー(おじいちゃん)をキャッチしてくれる予定です。また夏休みに会えるでしょう。

3月から4月はお別れと出会いの季節ですね。なんとなくエモーショナルな3月の終わりです。4月からはまたフレッシュスタート!と自分に言い聞かせています。美紀さんの新しい活動についても聞かせてくださいね。

それではまた来週!

ペレ信子

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