この夏フランスに滞在した時に、これはどうするべきだったか?と思うことが一つあります。フランスに長く住む美紀さんもきっと同じような経験をされているのではと思い、ご意見をいただきたいと思います。
パリからブザンソンへ行くTGV(新幹線)に乗った時のことでした。私はパリの都会の街並みから、郊外へ行くに連れて自然が多くなっていく様子をTGVから眺めるのが大好きです。外の景色を眺めるためにいつもTGVでは窓側に席を取ります。広大な牧草地に牛がのんびりしていたり、小さな村のかわいい教会や古い街並みを見て、自分と関係ない場所での人々の暮らしや人生を想像したりします。
早めに席について荷物を仕舞い、本と飲み物を手元に用意してさて出発!となったその瞬間。空いていた前の席に中年の男性が滑り込んできました。前の席と私の席は一つの大きな窓を共有していました。
その男性は座るなり、いきなり窓の上から下方向へ引っ張るロールスクリーンを乱暴に音を立てながら閉めました。
「え!?閉めちゃうの?」
と思いましたが、その時間はちょうど窓から夕陽が入ってきていました。確かに少し眩しい。でもしばらく行けば電車の角度によっては夕陽が入ってこなくなるだろうから、そうしたらロールスクリーンを上げることにしよう。そう自分に言い聞かせ、本を読み始めました。
しばらくすると夕陽はその窓から入ってこなくなりました。そろそろロールスクリーンをあげたいな、そう思っていると前の席のムッシューが立ち上がりどこかへ行きました。
「今がチャンス!」
子供みたいですが、その人がいないうちにロールスクリーンを上げようと思いました。本来は訊いてから、と思いますがそのムッシューのバタバタとして不機嫌な様子を見て、話しかける気持ちが失せました。彼は何も言わずにロールスクリーンを下げたのだから、私だって何も言わずに上げてしまおう。ロールスクリーンを上げると外にはフランスらしい牧草地帯が見えました。夕陽を浴びた遠くの村が美しい…
と、そこへコーヒーを片手に前の席の主が戻ってきました。彼は相変わらず不機嫌な様子で、座りながら再度ロールスクリーンを閉めました。こちらを見ることもなく。
私にはすっかり彼の不機嫌がうつってしまいました。何か言ってやろうと考えていたのですが、言ったところで返って嫌な思いをするかもしれない、と計算しているうちに目的地に到着してしまいました。
その後、どうするべきだったのかと考えました。日本だったらロールスクリーンを下げる前に「いいですか?」って聞いてくれるよね。いや、ここはフランス。察してくれない文化なのだからお願いがあるならこちらから言うべきだったのか。でも嫌な思いもしたくない。嫌な思いをしてでも、自分が欲しいものを手に入れるためには自分の口を開くしかないのか、この国では。
ブザンソンで会ったフランス人の友達にこの話をしました。「それはあなたがして欲しいことを言うべきだった」と言われると思っていたのです。
そうしたら友達は「まあ、なんて失礼なやつ!」と言ったのです。その男性が「ロールスクリーンを閉めてもいいですか?」と最初に聞くべきだったと。
フランスではなんでも言わなくちゃ、と気負っていた自分の気持ちが少し慰められました。そうか、フランス人でも周りに気を配るのが当然だと思う人もいるのだな、と。
日本では小さな国土に単一民族が住んでいるために他人の行動や思うことを想像し察することができる(ハイコンテクスト)ことが多いが、多民族国家ではさまざまな文化や習慣を持っている人が集まっており想像ができない(ローコンテクスト)のでその都度説明が必要という考え(「文化を超えて」エドワード・ホール)があります。エドワード・ホール氏によると日本はハイコンテクストの代表のような国。ローコンテクスト代表はアメリカ。フランスは日本とアメリカの間だそうです。
フランスは察する文化でしょうか。察しない文化でしょうか。美紀さんはご家族や周りのフランス人と付き合う中で「察する、察しない」ということについて困ったり考えたりしたことはありませんか?フランスで、「察しない人達」とうまくやって行くスキルがありましたら伝授してください。

