往復書簡㊵:親愛なる信子さんへ

わたしたちの往復書簡
©エクリール ベルサイユ宮殿公園にて

6月27日、ベルサイユ

いつもは東京にいらっしゃる信子さん、サルディニアを経て、今はパリ入りしていらっしゃるのですよね? 久々のパリはいかがですか? 異常な暑さにお疲れになっていないことを祈るばかりです。連日30度越えは、クーラーなしがスタンダードなフランスでは厳しいですよね。

お嬢様の卒業式は間もなくでしょうか。楽しみですね。フランスでも、卒業式が執り行われる大学が出てきたというのは朗報です。フランスは、信子さんが書いていらしたように、入学式も、卒業式も、始業式も、終業式も、なあんにもなくて、ほんとに調子が狂います。リセ(高校)などは、学校修了のあとに、高校卒業試験(バカロレア)があるのですよ。普通、逆ですよね。
この五月雨式に終わっていくという、なんとも締まりのない終焉。けじめつけようよ、とこころの中で文句つけています。クラスメートとも「また会えるさ」と思っていても、それっきりになるコだっているのだし。お別れはつらい経験だけど、そこはしっかり「ありがとう、さようなら」をする方がいい、とわたしも思います。

そんなことを書いていたら、2年前のある日の記憶が……。
長男がリセを終えた夏のことです。二人で電車に乗ってどこかへ向かっていたのだと思う。
車中、長男が、ぽつっと、「リセは良かった」と話し始めました。
「リセでは、オレのことなんて、仲間以外は、誰も知らないと思っていたんだ。勉強もトップではないし、ぶっきらぼうだし、流行りの音楽とか知らないし」
聞くと、学校で誰かに挨拶されても、友達以外は無視していたらしいです。「そういうの、よくないよー」、とは言っておきました。
「でも、オレが合格したことを、なぜか皆知っていて、クラスに入ったら、ウエーィ! ブラボー!って喜んでくれたんだ」
はにかんだ笑顔を漏らしながら話す長男。母も胸が熱くなったことは想像に容易いでしょう。
「オレもさ、誰かが繰り上がって入れたって聞くと、良かったなぁ、って思うし」
信子さんもご存じのように、フランスの大学や予備学校(プレパ)への出願は、ネット上のプラットフォームに登録する形で行われ、補欠で繰上り合格となると、順次メールで知らされる仕組み。なので夏休み中にようやく進学先が決まる子も多く、そんなニュースがクラスで共有されている頃でした。
「うん、このリセで良かったなぁって思ったんだよね」
その言葉を聞いて、心底ほっとしたわたしでした。日本の高校の、「卒業写真」のような青春もなく、インターナショナルスクールの楽しい盛り上がりもない。大体、フランスの学校は行事が少なすぎて、想い出が作れない。そんな高校時代を送ることになってしまった息子を、気の毒がっていたのです。
君が良かったのならそれでいいの、と思ったのでした。

今年は、次男がそのリセを同じように卒業し、バカロレアも一昨日終えて、夏休みに突入。長男はようやく、長いグランゼコール受験の終わりが見えてきたところです。

振り返れば、春の復活祭バカンスに始まり、5月の幾度もある飛び石連休を経て、来るぞ来るぞ、と分かっているくせに6月が来るとバカンスの準備を慌ててする、というリズムを繰り返してきました。
なんだ、五月雨式のお休みに押し流されているのは、大人も一緒ですね。
子どもが幼かった頃は、6月下旬には帰省して、日本で体験入学をさせていただいていました。そうなると、それは日本の学校ですから、4月の新学期の頃から連絡を取り合い、入念に準備をして、とやっていたもの。そのお陰で、あの頃は、「春、夏」と、もう少しメリハリがあったのですが、あれから10年経ち、気づくと「けじめのないフランス人」になっています。

一方で、時の流れに抗うことなく、自然体で、その時にすべきことを受け止めて、明日のことはまた明日任せ、という暮らし方も、悪くないのかもしれない、と思い始めています。フランスというエゴ(自我)が大切な国に住んでいることもあり、自己をしっかり持ち、自分の暮らしを自分でコントロールすることを心がけ、出来ないと「ダメねぇ」と自己批判をしてきましたが、もういいんじゃないか、と思うのです。流れがある水の中を、流されないように、二本足でしっかり歩かなくちゃ、と思っていたけれど、もう、いいのではないか。流れに乗ってゆったりと泳ぐのでもいいのではないか。そんなことを思ったりするのです(そんなに泳げないくせに!)。
これってお年頃、ということなのでしょうか。

……なんて、こんなおしゃべりもこの辺にしておきます。
さてさて、来週はまたカニキュル(酷暑)が到来するようですね。どうぞご自愛されながら、フランスを楽しんでください。ベルサイユへのご来訪をお待ちしております!

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