家庭の天使は何処(いずこ)へと……

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天使ではありませんが、ニケ像がわたしが思い描く主婦像に一番近いかな。 ルーブル美術館にてご本人に会えます!

いきなり個人的なハナシから失礼いたします。
この一年はなかなか大変な年でした。

昨年、長男は高校最終学年であり、進学に向けラストスパートの時期。フランスも結構な学歴社会でして、進学先で将来の方向性も決まってしまうところがあり。ハラハラしながら見守っておりました。

次男は日本でいう高一、過渡期真っただ中です。成熟という橋を上手に渡れるように、と、こちらもハラハラしながら見守り。

「大変、大変」と言いながら、わたしは大したことはしていないのですが、ギスギスしないように、タイミングを見計らって旅を計画したり、映画に誘ったり、美味しいもの食べたりとか、そんな気配りをしました。

そしてパートナーの夫君、こちらもお年頃なのでしょうね、かなり疲れ気味でして、なるべく休んでもらえるようにと気を遣い、愚痴もちゃんと聞き、睡眠しやすいように環境を整え、食事も気をつけ、と何かと世話を焼きました。

要は、時にはチアリーダーのように、また時には秘書のように、そして常に、積極的に家事を背負ってきた一年余りだったのです。「わたし、よく頑張ってるなぁ」と自画自賛するというか、結婚して20年近く経つ今になって、「これが主婦業なのか」と知る想いというか。

そんな時にぶつかった言葉があります。

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主婦は天使なのか。

「家庭の天使」という言葉です。
『ケアする惑星』という本の中で幾度か出てきたのです。ポジティブな意味で使われていないのですが、それについては後ほど。

本書は「論考」という分野の書籍でして、論考とは何ぞや、と検索してみると「論じ考察した文章のこと」とあります。うん、たしかに、エッセイと呼ぶには重みがあり、学術的な文章でした。著者は英文学の研究者で、上智大学で教鞭を執られている小川公代さんです。

何故、この「論考」を手に取ったかというと、本書の第一章がウエブマガジンに公開されていて、そこで知った”本当の”『アンネの日記』の話に惹かれたのでした。

本当の『アンネの日記』

いわく、かつて読まれていた『アンネの日記』は、唯一の生存者であったアンネのお父さんが編集したバージョンだそうです。たぶんわたしが読んだものなどは、児童向けにさらに編集されたものだったと思われます。
ところが、近年はそうでない「本当の日記」に近いバージョンも公開されているんですって。

本当バージョンの初めの方には、母親に対する複雑な感情ーー見下したり、嫌悪する気持ちなどが綴られているそうです。(父親は贔屓ぎみに記述されていますが、それはそのまま編集バージョンにも残されています)
アンネの日記は13歳という多感な時期からスタートしています。自分が13歳だったころを思い出すと、わたしも母に対して厳しかったし、父に対しては、立派な人であってほしい、という願望もあって甘く評価してたり、という頃なので、わからないでもない心理です。
ただ15歳に近づくに連れ、アンネに成熟が訪れます。母親に対する批判的な言葉は消え、逆に母親を理解し愛しむ気持ちや、お父さんがお母さんに対して小ばかにしたような接し方をしている、お父さんはお母さんを「自分にふさわしい妻」と考えて結婚しただけで愛はなかったと思う、といった洞察も記されているとのこと。

小川さんは、本当の日記からは、ケアラーであるお母さんが、主体性がない人として下へ落とし込まれ、やがて哀れまれている様子がうかがえるといいます。

子どもの頃に読んだきりの『アンネの日記』。悲しい運命をたどる純少女の日記として記憶していたので、本当バージョンには、こんなにリアルな話で「大人な話」も含まれていたのかと驚きました。

同時に、はっとさせられもしました。小川さんの観点においては、アンネのお母さんは「ケアラー」なのか、と。

普通の主婦、普通のお母さんなのに、「ケアラー」なの?
いや、そうか、主婦は家族の面倒を見ているのだからケアラー。
まあ、言われてみればそうね、
でも、へぇー、そんな風に考えたことなかったなぁ。
ふーんそうなんだね。

あれっ、ということはわたしも?

今まで同情心をもって、でもどこか他人事のように 読み、聞いていたケアやケアラーの話だけど、「わたしもケアラーなんだ、その一人なんだ」と気づいたのでした。
冒頭に書いたとおり、主婦業というケア業に入れ込んでいた昨今だったので、もう少し知りたくて本書を手に取りました。読み進めてみると、本書のテーマはそこにはなく わたしの早とちりだったのですが、その代わりに「家庭の天使」と顔を合わせることになり……

『ケアする惑星』の主題は新資本主義的な今の“地球”においてケア精神がもっと評価され、社会の色んな場面でケア能力を用いたら、生きやすくなるだろう、という大きな話です。

「主婦」が消えたフランス

「家庭の天使」に入る前に、「主婦」という言葉について、少しだけ寄り道を。

諸々の申し込み書に記入するとき、職業欄でいつも戸惑います。
わたしは何者なのだろう、と考えてしまうのです。ものを書く人でありたいし、細々ながら収入も得ているから、「フリーランス」かなぁ、でもそれで生計を立てているわけではないからおこがましいなぁ、と。で、選択肢を下にいくと「□主婦」という項が大概ある。
わたしは家族優先をモットーにしているし、時間的には主婦業に一番費やしているし、「ま、これかな」と思ってレ点を入れる、というのが多くのパターンです。

でも、フランスでは少し前までは存在した「femme au foyer 主婦」という項目が消えてしまったのです。フランスの専業主婦は、今や「年金暮らし」「失業中」の下にある「inactif 活動なし」に含まれるという。

「主婦=活動なし、というのは幾らなんでも言い過ぎじゃない?」と書類に問いかけるも、フランスは夫婦共働きがスタンダード。女性は手に職がないと見下されるカルチャーがあるので、「致し方ないわね」となる。

それもこれも、「主婦」という言葉が曖昧なのがいけないのでしょうね。広辞苑には、「一家を切り盛りする婦人」ともあるのですが、切り盛りという言葉も曖昧です。そもそも「職業が主婦」というのは文法的にも間違っているような。主婦というのは職業ではなくて「とある状態」ではないの? お給料もないわけですし。

でも、それを「ケアラー」として定義するなら、理解も変わってきますよね。
主婦=ファミリー・ケアラー。
ファミリー・ケアラーであるのなら、それは職業と呼んでもしっくりくるし。
それもアナタ、大切な家族をケアするんですよ。
そう考えると主婦ってものすごく重要な任務を担ってるのね、すごいわ。

こう書いているだけでも、すかーっとするものがあります。

家庭の天使になるな、とウルフは言う

ただですね、本書では、ファミリーケアラーたる主婦は「すばらしい」存在というよりは、「気の毒」な存在という方向で扱われています。

社会はケアという任務を女性に押し付けられてきたところがある、キャリアを犠牲にして尽くし、しまいには家族から尊敬されることなく、尽くすあまり自分を失ってしまう気の毒な主婦。そんなのおかしいでしょう?という。

ちょっとcliché (クリッシェ、古いモデル)かなぁ、とも思いますが、どうでしょう。

その話の流れ出て来るのが、「家庭の天使」です。元は、ビクトリア時代のイギリス人による詩に登場する表現で、「パーフェクトなるわが妻は家庭の天使のようだ」と、妻を称える詩に出てきた表現らしいのですが、その後、ヴァージニア・ウルフによって、「家庭の天使」になってはいけない、という方向で使われ始めます。ウルフは20世紀前半の人です。当時のイギリスはまだ家長父制が強かった中、ウルフは、いつも優しい笑顔を浮かべ家族のためにあれこれ世話をしてあげるだけの主婦になるな、と提唱しました。

でもアナタ、家庭の天使とは、まさに、わたしがこの一年そうあろうと目指していた主婦像ですよ。
得意になっていたけどだめなの?と慌てました。

家庭の天使、わたしは大切だと思う

再び個人的なハナシに戻ります。今度はわたしの生家のことです。

わたしが育った家は「家庭の天使」がいない家でした。
父はサラリーマンで家のことにはほぼノータッチ。母は自分の好奇心に正直な人で、家事・育児は最小限に抑え、仕事や趣味に飛び回っていました。両親の気持ちが、あまり家や子どもに向いていないというのは、子ども心に感じられました。
ま、色々あった家なので仕方なかったのでしょう。

天使不在の家庭に育つとどうなるかというと、子どもは辛いです。少なくとも、わたしはそう感じました。家は温かみに欠け、子どもは不安定になる、ギスギスする、もしくは自ら天使役を演じようとして空回りする、などなど。

そんな経験もあって、いつか家族を持つことができるのなら、仕事もしたいけれど常に家族優先で行きたい、と思っていました。

こんな風に書くと、まるでわたしが良妻賢母を第一とするコンサバな人みたいですが、自分ではそうでもない方だと思っています。子どもが大丈夫そうであれば託児所&仕事バリバリでいいと思うし、旦那様がハンズオンな方なら上手に分担してもいいと思います。

ただ、子どもが必要としているとき、家族が弱っているとき、家には天使がいてほしい。
専業主婦でなくてもいいのです。お父さんが天使でもいいのです。おじいちゃん、おばあちゃんでもいい。
ただただ、精神的に、時間的に、家族をケアする余力がある大人がいてほしい。

うちの場合は、夫が家事能力ゼロ、マルチタスク下手、察する能力低しなので、わたしが天使役を引き受けた方が「この家、回るよね」と思って主婦業を担当しています。そういう方、多いんじゃないかな。

フランスの天使たち

「主婦が消えた」フランスではどうなのでしょう。
仕事を持っていないと見下される風潮があるフランスですから、やはり「家庭の天使なんて、とんでもないわ!」かな。

うーん、確かに、表向きはそうだと思います。フランスの女性は見栄っ張りですから、聞けば「Tout va bien!」と答え、仕事大好き、子どももすごく順調に育っている、旦那ともラブラブ、わたし勝ち組だもーん、というポーズを取ります。

でも、例えばわたしが日本に住んでいた頃に出会ったフランス人の「駐妻」たちは、
「子どもたちの送り迎えして、放課後も一緒に時間を過ごせることが、こんなに豊かだとは知らなかった。妻としても、夫は日本での仕事にストレス溜めているからそれをフォローしてあげられる、と一様に、家庭の天使役を担うことに満足していました。
加えると、「こんな暮らし方があるのに、フランスでストレス一杯の仕事をしていた自分は何だったんだろう」と、一様にカミングアウトしていましたっけ。

その割には、本帰国してまた元の職場(帯同する場合は数年間、休職させてくれる制度もいいですよね)に戻っていきましたけどね。

まっ、生活掛かっていますし、本心には幾重にもひだがあります。キャリアに誇りを持っているというのも本心なのでしょうし、子どもに、夫に、もっと寄り添ってあげたい、というのも本心の一つなのだと思います。

ではフランスでは誰が子どものことを見ているのか。
行政の保育所はゼロ歳からスタートし、3歳から8時~18時辺りまで学校に預かってもらうことができます。また、ベビーシッターも雇い易い環境・文化です。家庭の天使はいなくとも、見守っている人はいる、というところでしょうか。

それでも、中学入学前の子どもがいる家庭では、女性はパートタイムにしている人が多いように感じますし、子ども周りのことはやはりお母さんがメインの担当者で、お父さんはバックアップという印象です。
ちなみに2023年世界経済フォーラムの男女平等調査ではフランスは40位、また調査によるとフランスでは家事の72%、育児の65%を女性が担っています。「フランスのジェンダー平等への取り組み」参照

フェミニズムの限界

ほら、やっぱり女性にしわ寄せが行くでしょう? ……そうなんですよね。男性の天使役不向きなのは、社会がそうしてしまったのかもしれませんし、そもそもの男性ならではの性質なのかもしれません。

いや、「男性は」「女性は」、と大きな主語で語ることは、今の時代、無理な気がします。
経済・文化・知識・道徳・精神……格差が色んなところに生まれていて、フェミニズムだ、マッチョイズムだ、などと「丸ごと否定」や「丸ごと肯定」できなくなっています。

そんなことを思う一方で、前述の日本の男女平等水準は世界125位! 過去最低記録を更新しています。ここは是正してもらわなくて。

「女性は結婚・育児で仕事をすぐ辞めるから、大きな仕事は渡せない、給与も優遇する必要ない」という底にこびりついている考え、これが問題だと思う。そして今はそれを都合よく変換して「少子化を増悪するから」といって変えないつもりではないかしら。

女性も男性も、テレワークやフレックスタイムやワークシェアリングできる、子育て落ち着いたらしっかり復職や就職ができる、報酬も男女差なしの正当な額がもらえる(当たり前でしょ!ほんとに)な社会にしてほしいです。非正規の話や、少し前の医学部入試足切り点の男女差の話とか、あまりにも酷くて聞いてられないです。

皆さんはどんな本を読んでますか?

さきほどからグジグジ、あちこちへと飛んでスミマセン。まとめましょう。

一番言いたいのは、「本っていいですね」ということ。

今回は論考なんていう、普段は手を出さないタイプの本に手を伸ばしてしまって、「あ、やっぱり違ったかも」と思ったわけです。「気に入った、共感した、すーっと入ってきた」という本ではなかった。それでも、こんなに社会のこと、女性のこと、そして自分のことを考えさせられている。

わたしがこの本の著者である学者の小川さんとお会いしてお話聞く機会に恵まれるようなことはきっとありません。それなのに、本を開くだけで小川さんのお考えや洞察を知ることができるのです。もしいつか小川さんにお会いすることがあれば、「難しかったけれど、この本を書いてくださってありがとう」と伝えたいです。

熱くなってしまいましたが、うん。素晴らしいな、本。

皆さんはどんな本を読まれていますか?
是非教えてくださいね。
とっても興味があります!

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フランスの上流階級に住む方たちの
何気ないエレガンスについて書いております。







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