「視点を変えてフランスと日本から」ペレ信子 x ドメストル美紀 『国際結婚の子供の文化と教育について』

わたしたちの往復書簡

親愛なる信子さんへ、

往復書簡3年目に突入しましたね。信子さんのアイデアのお陰でマンネリ化せずに楽しく書き続けられています。今回の、「一つのテーマを、日本に住む視点から、そしてフランスに住む視点から交換をする」という信子さんの案もブリリアントです。

そして第一回目のテーマが、多文化ルーツの子どもの教育、というこれまた興味深い題材。信子さんから教えてもらい、「Bebechan―日本のフランス人」というYoutube動画も観ました。
動画の内容をもう一度まとめると、日本に住むフランス人男性であるBebechanが、日本人の配偶者との間にできた子どもの教育について語る、というものでしたね。彼は日仏ハーフである子どもを、日本の教育制度の中で育てたいと考えている、インターナショナルスクールという選択肢もあるけれど、それはしない。日本の学校教育の質や、日本の文化を身につけること、そして子どものアイデンティティー形成などを理由に、この決断に至った、と話しています。

すごいですね、Bebechan。彼の流暢な日本語に感心する一方で、隙なく固めていく論調に挑発されるというか、「言いたいことたくさんあるわよっ」と息巻いて、書き始めました。

でも! すでに1万文字近く書いてはボツにしている状態です。書き進めて少しすると、「これでは、わたしの生い立ちの記だわ」「フランス社会の論考になってない?」「日本の将来をここで憂ってどうする?」「子ども達の性格分析みたい」などと、四方八方に話が散ってしまっていて、論点からずれていくのです。

思うに子どもの教育って、子どもの特性だけでなく、親の育った環境、教育的背景、思想、国の今&未来、国際情勢、親の資金、そして社会の在り方など、色んな要素の糸を編みこんでいくうちに、なんとなく形が出来上がってくるものではないですか。「うーむ、この子に似合うセーターが出来たかな」と思って着せるけど、子どもが成長するにしたがって、きつくなったり、似合わなくなってきたりするから、編み直したり、つぎはぎしたり、というプロセスを繰り返す。気づくと子どもは成長して大人になっていて、教育の言う名のセーターは肌の一部になっていた、というそんな感じではないでしょうか。

……こう書いていても「なんのこっちゃ」となっているでしょう? 一度編んだものはそう簡単に解けないのと同じで、「子どもの教育はどうやって決めたか」なんてそう簡単には書けないものなんだなぁ、と1万字書いてようやく悟った次第です。信子さんも先週の書簡エッセイを書くの、大変だったでしょう。でもポイントを抑えてらして、共感と興味を持って読みました。わたしも頑張って、短く書いてみますね。

わが家は、いうなればBebechanの鏡映しのケースです。すなわち、わたしは日本人女性でフランスに住み、フランス人の配偶者がいて、息子達は、日本で暮らした2年を除きフランスの教育制度で育っています。

その息子達も、今は19歳と21歳。学校教育も仕上げのフェーズに来ました。ここまでを振り返ると、フランス教育で良かったのかな、と思いつつも、二人とも気がつけばフランスの教育システムのレールにしっかり乗っていて、小さくまとまっていないか?と心配になるときもあります。

長男は、今、学校のプログラムで、半年ほどアメリカに研究留学中ですので、そこで少し視野が広がったらいいな、と願っています。次男は今プレパ2年目なので来年がコンクール(入試)です。焦ってがむしゃらに勉強しているらしいけれど、計画性がない子だし、どうなることやら。二人ともフランスの学歴社会や、その先にある社会のあり方に縛られることなく、どこでもいいから自分の居場所を見つけてくれればいいと願っています。

と、まぁ、わが家の教育はこんな感じです。白状すると多文化ルーツのこととか、アイデンティティーについて考えてあげていませんでした。なので、Bebechanの動画や信子さんの先週の往復書簡を読んで、今色々考えさせられていて、こういうきっかけを頂いたことに感謝しております。

文化について思うのは、学校で「学ぶ」だけではなく、やはり家庭で体得し、毎日の暮らしの中で身体化していくものではないのかしら。動画でも触れられていた日本の学校で、生徒が掃除や給食の配膳をするという慣習がいい例です。わたしもあの慣習は素晴らしいと思いますが、一方で、家では、相変わらずお母さんが、奥さんが、家事を全般的に担っているという現実もあって。うちの実家もそうでした。男子諸君はどこにいったの? と聞きたくなります。その他の祭事も学校で祝い方をチラ見せしてくれたけれど、家庭で祝わなければ、「そういう文化があるらしい」という知識で終わってしまうものではないかしら。

ちなみにわが家の文化は、超が付くほど中途半端です。

言語は仏英日チャンポン、土足禁止なのに庭からは靴のまま上がっていい、と思っているし、夫は浴衣をバスローブにしていて、息子は寒い時などジーンズの上に綿入りの半纏を羽織っていて、昭和フォークソングの世界です。典型的な夕食といえば、テーブルクロスを敷きキャンドルを灯した食卓で、すき焼き鍋を箸でつつき、ハフハフしながら食べて、その後でフロマージュを食べたい人(←夫)はバゲットと一緒にナイフで食べて、という、見事な「中途半端」さ。これはこれでいいと思っていましたが、今回色々考えさせられて、今後は日本の文化をもう少しきちんと体験させたくなっています。

アイデンティティーや、言語教育に関しても思うことがあるのですが、紙幅が足りないので、次回のテーマにしたいと思います。

来週こそは金曜日に投稿できるように頑張ります!

かしこ

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